白神山地に生息する植物から分離した乳酸菌の豊かな個性
弘前大学 農学生命科学部 殿内暁夫 教授

白神山地に生息する植物から分離した乳酸菌の豊かな個性
弘前大学 農学生命科学部 殿内暁夫 教授

乳酸菌と酸素と植物の三角関係

ヨーグルト・チーズ・漬物の発酵で活躍する乳酸菌は動物と関係が深い一方で、植物との関連性はあまりわかっていません。乳酸菌は糖を発酵して乳酸をつくりますが、その過程は酸素を必要としない代謝のため、酸素濃度が低い動物の腸内を生息の場としていることが多いのです。

一方で植物は生きていくのに酸素を必要とし、また光合成で水から酸素をつくりだすので、一般には酸素濃度が高い環境に生えています。したがって、植物と関連の深い殆どの微生物は生きていくのに酸素を要求する好気性生物です。

ヒントは海外の伝統技法

このような乳酸菌ですので、植物と乳酸菌との関連性を特に意識したことはありませんでしたが、ブルガリアでは、加温した羊のミルクに、Cornus mas(セイヨウサンシュユ)などの植物の枝を入れてミルクを凝固させ、ヨーグルトのスターターとして利用することがあるということを海外の文献で知りました。

私は白神山地をフィールドとして土壌や植物から様々な微生物を分離する研究をしていますので、白神山地の植物でも同じようなことが出来ないかと考えて、木本植物を中心にして、枝・葉・花などを採取して独自に調製した培地に加えるとヨーグルト状になり、ここから乳酸菌の分離を試みました。

多くの植物を採取しましたが、その中から乳酸菌の分離に成功したのはごくわずかで、「白神の森乳酸菌」と名付られたLactococcus lactis L8株はキハダの葉、ID-5株はブナの実から分離しました。

左:キハダの葉 右:ブナの実

植物由来乳酸菌の豊かな個性

動物実験によって、L8株は血糖値の低下や内臓脂肪減少、肝機能の異常を示すGPT値の上昇を抑える傾向があり、ID-5株は粘膜の保護作用を持つムチン量を増加させる機能を有することが明らかにされています。

L8株とID-5株はLactococcus lactisという種の枠組みの中では同じ仲間ですが、機能に関しては異なっており、これは人間に個性があるのと同様に細菌株にも個性があることを意味しています。人間の個性は遺伝・環境など色々な要因に影響されますが、細菌株の個性は何で決まるのでしょうか。

現在、L8株とID-5株のゲノム構造の違いがこの2株の個性に大きな影響を与えているのではないかと考えて、ゲノム解析を進めています。まだ、研究の途上ですが、L8株とID-5株にはゲノム上の多くの遺伝子に変異が導入されることでゲノム構造に差異が生じていることがわかってきました。

このゲノム構造の差異がこの2株の個性に影響を与えているのかどうかの考察を行っています。

フィールドでの研究を進める殿内教授

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